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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)1457号 判決

原告

大紀商事株式会社

右代表者代表取締役

大松純忠

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

被告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

川村忠男

右訴訟代理人弁護士

出宮靖二郎

主文

一  被告は原告に対し、金一三二八万三一二〇円及び内金一七四万六二九三円に対する昭和五九年九月七日以降、内金一一五三万六八二七円に対する同年一一月一五日以降、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二一〇〇万円及び内金一七四万六二九三円に対する昭和五九年九月七日以降、内金一九二五万三七〇七円に対する同年一一月一五日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五〇年三月三一日ころ別紙物件目録記載(二)ないし(五)の各土地(以下本件土地という)を訴外大山正一(以下大山という)から賃借し、同年一二月一〇日本件土地上に別紙物件目録記載(一)の建物(以下本件建物という)を建築して、その所有権を取得した。

2  原告は、被告との間で、昭和五七年七月一三日本件建物につき原告を被保険者とする保険金三〇〇〇万円の火災保険契約(以下本件火災保険契約という)を締結した。

3  本件建物は昭和五七年一二月一五日火災により滅失し、本件建物の損害査定額は金二一〇〇万円である。

4  よつて、原告は被告に対し、火災保険契約に基づき、金二一〇〇万円及び内金一七四万六二九三円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年九月七日以降、内金一九二五万三七〇七円に対する請求の趣旨の追加申立書陳述の日の翌日である同年一一月一五日以降各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実のうち、原告が本件建物を建築して、その所有権を取得したことは認め、その余は知らない。

2  同2項及び同3項の事実は認める。

三  抗弁

1  原告は大山に対し、昭和五四年一二月二二日本件建物を代金一〇〇〇万円で売り渡した。

2  仮にそうでないとしても、原告は大山から金一〇〇〇万円を借り入れるに際し、昭和五四年一二月二二日本件建物を譲渡担保に供した。

3  本件建物は、昭和五四年一二月二二日大山名義で直接所有権保存登記された。

4  したがつて、原告は本件火災保険契約当時被保険利益である本件建物の所有権を有しないから、本件火災保険契約は無効である。

仮に譲渡担保の場合において、設定者である原告に被保険利益が認められるとしても、大山は昭和五五年一月一〇日宇治市農業協同組合(以下宇治農協という)との間で本件建物につき火災共済金額を金二〇〇〇万円とする建物更生共済契約を締結し、同五八年三月三〇日右契約に基づき損害共済金一七七〇万九一一一円、臨時費用金一五〇万円の合計金一九二〇万九一一一円を受領しているから、被告が原告に支払うべき保険金は、損害保険金二一〇九万九〇一七円、臨時費用保険金一〇〇万円、残物費用保険金一二六万五九四一円の合計金二三三六万四九五八円から右金一九二〇万九一一一円を控除した金四一五万五八四七円にすぎない。

5  被告は、原告と大山との間で、本件建物の所有権が原告に帰属することが確定すれば、本件保険金(金額は別として)を支払う意思を有しており、仮に、原告の所有権が確定して被告の保険金支払義務が認められるに至つたとしても、被告が遅滞に陥るのは、原告の所有権が確定した時点からである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項及び同2項の事実は否認する。

2  同3項の事実は認める。

原告は大山に対し金一〇〇〇万円の融資申入れをしたところ、大山は昭和五五年一月一〇日宇治農協から一〇〇〇万円を借り入れ、右金員を原告に貸し付けた。大山は宇治農協から右金一〇〇〇万円を借り入れるに際し、その担保として大山所有の本件土地と原告所有の本件建物に抵当権を設定する必要があり、原告所有の本件建物が未登記であつたので登記簿上所有名義人を大山にして抵当権を設定したにすぎない。

本件建物の所有権はあくまで原告に帰属する。

3  同4項の事実のうち、「本件火災保険契約は無効である。」との点及び「大山が宇治農協から受領した金額分は、被告が原告に支払うべき額から控除さるべきである。」との点はいずれも争う。

4  同5項の事実は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1項の事実のうち、「原告が昭和五〇年一二月一〇日本件建物を建築してその所有権を取得した」こと、同2項及び同3項の事実はいずれも当事者間に争いがない。

証人大山正一の証言、原告代表者本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は昭和五〇年三月三一日ころ本件土地を大山から賃借したことが認められる。

二1  被告は、本件建物の所有権が昭和五四年一二月二二日売買又は譲渡担保により大山に移転し、本件火災保険契約当時原告には被保険利益はなく、本件火災保険契約は無効である旨主張するので判断する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は本件建物でブロイラーの製造販売業を営んでいた者であるが、本件建物の建築に多額の費用(整地費用、設備費用を含めると約金五〇〇〇万円)を要したことや大山の親戚にあたる訴外山田廣之(鉄骨建築を業とするダイゴエンジニアリング株式会社代表取締役。本件土地は右山田の紹介で賃借し、山田に請け負わせて本件建物を建築した。以下山田という)に対し約金一六〇〇万円の融通手形を振り出していたところ、昭和五一年二月ころ山田が倒産したため、右融通手形の決済をしたことなどから以後資金繰りが苦しくなつた。

(二)  原告は大山に対し、昭和五四年ころ右資金繰りの苦しい事情を話したところ、大山は、親戚にあたる山田が原告に迷惑をかけたこともあつて自己が加入する宇治農協から金一〇〇〇万円を借り受け、右金員を原告に貸し付けることにし、昭和五五年一月一〇日宇治農協から金一〇〇〇万円を借り受け、同日原告に右金一〇〇〇万円を貸し付けた。

(三)  原告と大山は、宇治農協からの借入に先立ち、原告の大山に対する借入金の返済額を月月金二〇万円と合意したが、これを受けて大山の宇治農協からの前記金一〇〇〇万円の借入についても大山と宇治農協の間で月月金二〇万円の元金均等弁済と定められた。なお、宇治農協に対する月月の利息は大山において一時負担のうえ、元金完済後大山と原告との間で清算する旨合意された。

(四)  前記宇治農協からの借入については本件土地建物を担保に入れる必要があつたところ、原告と大山は原告の大山に対する右金一〇〇〇万円の債務を担保する趣旨(したがつて原告が完済したら元に戻す)で当時未登記であつた本件建物を昭和五四年一二月二二日大山名義に保存登記をしたうえ、同五五年一月一〇日本件建物に宇治農協のため抵当権を設定し、翌一一日その旨の登記を了した。

(五)  大山は宇治農協のために本件建物に右抵当権を設定するに際し、同農協から本件建物につき建物更生共済契約を締結することを要請され、昭和五五年一月一〇日火災共済金額を金二〇〇〇万円とする建物更生共済契約を宇治農協との間で締結した。

(六)  原告は、昭和五七年一一月ころ事実上倒産状態に陥り、その前後ごろから本件建物の売却ないしは賃貸の話を当時融資を受けていた訴外株式会社稲富(以下稲富という)やブロイラーの取引をしていた訴外高橋栄晴に依頼してすすめていたが、同年一二月一五日本件建物で火災(以下本件火災という)が発生し、本件建物のうち事務所、従業員寮、作業場の一部が滅失した(但し、本件建物が昭和五七年一二月一五日火災により滅失したことは当事者間に争いがない)。

(七)  本件火災発生後、原告代表者と大山は宇治警察署で取調べを受けたが、その際大山は取調官に対し、本件建物は原告の所有である旨供述した。

(八)  大山は宇治農協から昭和五八年三月三〇日前記建物更生共済契約に基づく火災共済金から借入残金を控除した金一六六二万四六〇九円を受領した。

(九)  原告代表者は、大山を同道のうえ、昭和五八年四月五日稲富を訪れ、当時原告の大山に対する月月の返済金(借入返済金月額金二〇万円、本件土地の地代月額金一〇万円の一か月合計金三〇万円)が約金三〇〇万円滞つていたことから右金員の借入方を申し入れた。その際、大山は右借入の口添えをするとともに返済の目度として現在被告と宇治農協が損害額の査定をしている最中であり、近いうちに火災保険金が原告に支払われる旨述べた。

(一〇)  原告は大山から昭和五八年六月二八日立退料(原告の大山からの借入金につき清算する意味もあつたと解される)として金四五〇万円を受け取り、本件建物の残存部分(冷凍庫や作業場の大半は残存していた)を明け渡した。

以上の事実が認められる。もつとも証人大山正一は、本件建物を買い受けた旨証言するが、前記認定のとおり原告は本件建物の建築等に約金五〇〇〇万円を投下している事実や、原告の税金の確定申告書において金一〇〇〇万円が大山からの借入金として処理されている事実(前掲甲第一四、第一五号証、証人宮川深の証言による)に照らすと、これを信用することができない。

2  右の認定事実によれば、原告は大山に対し、昭和五四年一二月二二日自己の大山に対する金一〇〇〇万円の債務の担保として本件建物を譲渡担保に供したものと認めるのが相当である。

三そこで、原告の本件火災保険契約当時(昭和五七年七月一三日更新)の被保険利益の有無及びその効力について判断する。

譲渡担保は、債権担保のために目的物件の所有権を移転するものであるが、右所有権移転の効力は債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ認められるのであつて、担保権者は、債務者が被担保債務の履行を遅滞したときに目的物件を処分する権能を取得し、この権能に基づいて目的物件を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめ又は第三者に売却等することによつて換価処分し、優先的に被担保債務の弁済に充てることができるにとどまり、他方、設定者は、担保権者が右の換価処分を完結するまでは、被担保債務を弁済して目的物件についての完全な所有権を回復することができるものと解する(最高裁昭和五七年九月二八日判決裁判集民事一三七号二五五頁参照)。

したがつて前記のような譲渡担保の趣旨及び効力に鑑みると、担保権者はもとより設定者においても火災保険契約の締結について所謂被保険利益を有するものと解される。してみると、原・被告間の本件火災保険契約は有効であり、「右保険契約は無効である」との被告の主張は採るをえない。

四1 しかるところ、成立に争いのない乙第一一号証(火災保険普通保険約款)によれば、その五条一項で「損害保険金を支払うべき他の保険契約(前記認定の大山と宇治農協間の建物更生共済契約もこれに当る)がある場合において、それぞれの保険契約につき他の保険契約がないものとして算出した支払責任額の合計額が損害の額をこえるときは、損害の額に本件火災保険契約の支払責任額を乗じたものを、それぞれの保険契約の支払責任額の合計額で除したものを被告が支払うべき損害保険金の額とする」旨、同条二項で「臨時費用保険金を支払うべき他の保険契約がある場合において、それぞれの保険契約につき他の保険契約がないものとして算出した支払責任額の合計額が、一回の事故につき、一構内ごとに一〇〇万円(他の保険契約に、限度額が一〇〇万円をこえるものがあるときは、これらの限度額のうち最も高い額。本件では、弁論の全趣旨によれば金一五〇万円と認められる)をこえるときは、一〇〇万円(他の保険契約に、限度額が一〇〇万円をこえるものがあるときは、これらの限度額のうち最も高い額)に本件火災保険契約の支払責任額を乗じたものを、それぞれの保険契約の支払責任額の合計額で除したものを被告が支払うべき臨時費用保険金の額とする」旨、各定められていることが認められる。

2 ところで、被告は、「本件建物について建物更生共済契約に基づき宇治農協から大山に対し、損害共済金一七七〇万九一一一円、臨時費用金一五〇万円の合計金一九二〇万九一一一円が既に支払われているので、原告に本件建物の所有権がある場合、本件火災保険契約に基づき原告に支払うべき金額は損害保険金二一〇九万九〇一七円、臨時費用保険金一〇〇万円、残物費用保険金一二六万五九四一円の合計金二三三六万四九五八円から右金一九二〇万九一一一円を控除した金四一五万五八四七円にすぎない」旨主張し、被告が本件火災保険契約に基づき原告に支払うべき保険金額(但し、控除前の額)が、計金二三三六万四九五八円であること被告の自認するところである。

3  そこで、被告の「大山が既に宇治農協から受領した金一九二〇万九一一一円(この金額については弁論の全趣旨により認められる)は、被告が原告に対し支払うべき金額から控除されるべきである」との主張について検討するに、本件火災保険契約と前記認定の建物更生共済契約は同一の損害に対して保険金(共済金)を支払う関係にあるから、前記保険約款の定めるところにしたがつて処理されるのを相当と解する。したがつて、被告の右主張はとるをえない。

4  そうすると、前記算式で算出した被告の支払うべき保険金は、別紙計算式のとおり損害保険金一一四一万七一七九円(円未満切り捨て)、臨時費用保険金六〇万円、残物費用保険金一二六万五九四一円の合計金一三二八万三一二〇円である。

五なお、被告は、「原告の所有権が確定して被告の保険金支払義務が認められるに至つたとしても、被告が遅滞に陥るのは、原告の所有権が確定した時点からである」旨主張するが、前記判示のとおり、本件火災保険契約当時、既に本件建物は大山名義で保存登記されていたのであるから、右主張は採るをえない。

六以上の次第で、本訴請求は、本件火災保険金のうち金一三二八万三一二〇円及び内金一七四万六二九三円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年九月七日以降、内金一一五三万六八二七円に対する請求の趣旨の追加申立書陳述の日の翌日であることが記録上明らかな同年一一月一五日以降、各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢代利則 裁判官重吉孝一郎 裁判官足立哲)

別紙物件目録

(一) 宇治市槙島町吹前四九番地四、四九番地参、四九番地、四九番地弐

家屋番号   四九番四

作業場寄宿舎 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺陸屋根平家建

床面積    462.37平方メートル

附属建物の表示

符号1 物置 軽量鉄骨造スレート葺平家建

床面積 24.12平方メートル

(二) 宇治市槙島町吹前四九番四

宅地 725.95平方メートル

(三) 宇治市槙島町吹前四九番参

宅地 261.72平方メートル

(四) 宇治市槙島町吹前四九番弐

畑  壱〇参平方メートル

(五) 宇治市槙島町吹前四九番

畑  壱参四平方メートル

別紙計算式

損害保険金

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